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東京高等裁判所 昭和51年(う)1196号 判決 1977年1月24日

被告人 岡崎雄二

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

原審および当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人吉田信孝作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事三野昌伸作成名義の答弁書に記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(事実誤認)について。

所論は、「原判決は、被告人が自車の走行機能に故障の生じたことに気付いた時期を明示していないが、右時期は複輪となつている左後車輪のうち外側の車輪が離脱する以前であるとしているものと解されるところ、被告人が右故障に気付いたのは、外側の車輪が離脱した後、内側の車輪も離脱するに至つた際か、せいぜい右離脱の直前のことに属するのであつて、原判決はこの点において事実を誤認したものである。なお、被告人のこの点に関する捜査段階における供述は、時間的前後の関係が十分整理できないまま供述したもので、信用性がない。また、本件のような複輪の場合、外側の車輪がハブボルトの折損により脱輪するに至るまでの間、および右脱輪後において車体に生じる異常な状態は必ずしも明確なものではなく、この点に関する野村粂雄の原審公判廷における供述および同人作成の回答書の内容は信用性に乏しいものである。」というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠、とくに

(イ)、証人大沢昇の原審公判廷における「私は東名高速道路上り第二車線を、その第一車線を先行する被告人車と車間距離約六〇メートルおいて、時速約八〇キロメートルで進行中、被告人車の左後輪(ダブルタイヤの外側車輪)がボデイの外側にはみ出してグラグラしているのを発見し、脱輪のおそれがあると思い、前照灯の光を上げ下げして合図し、被告人車に追いつこうと思い、若干スピードを上げて進行したところ、被告人車は少し減速したので、合図に気付いて停車するものと思い、前照灯の合図をやめた。ところが、被告人車は停車しないで、そのまま進行して行くので、私は再度前照灯で合図した。そのうちに、被告人車の外側の左後車輪が脱輪し、車体から外れて、私の進路前方を左方から右方に転つて行くのが見えたので、それを避けるためブレーキを踏んだ。脱輪したタイヤは進路右側の中央分離帯の縁石にぶつかつて倒れたように見えた。」旨の供述、

(ロ)、被告人の検察官に対する昭和五〇年五月二一日付供述調書中、「私は東名高速上り第一車線を時速八〇キロで進行中、突然自車後部の懸架装置付近でガタガタと音がし、車体が横揺れしはじめ、ハンドルが左にとられたので、はじめはタイヤがパンクしたのではないかと思ったが、パンクの音もしないし、おかしいと思いながら進行中、後方を追従してきた大沢さんが自動車の前照灯の光を何度も上下に操作して合図しているのに気付き、停車しようと考え、時速七〇キロ位に減速し、右サイドミラーで大沢さんの自動車を見ると、前照灯の合図を止めているので、大したことはないと思い直し、停車するのをやめ、そのまま進行をつづけたところ、大沢さんが再び前照灯の合図をして来た。車両後部の異常音、車体の横揺れ、ハンドルが左にとられる状態はつづいていたが、高速運転ができない程ではないので、もう少し様子をみようという気持で運転をつづけた。そのうちに大沢さんの自動車もみえなくなり、ハンドルが前より一層左にとられ、停車しようと思って減速し、車を左に寄せたところ、突然車体が左に傾き、「ガタン」と大きい音がして、速度が急に落ち、走行できなくなった。」旨の供述記載、

を合わせ考えると、被告人が原判示のとおり自車の走行機能に障害の生じたことに気付いた時期が、被告人車の左後車輪(複輪)のうち外側車輪が車体から外れるよりも前であつたことを明らかに認めることができる。(なお、被告人が、後続する大沢昇運転の車両から、前照灯の光を上下に照射する合図を二回うけたことは、原審公判廷において被告人もこれを認めているところである。)

被告人は原審および当審公判廷において、被告人が自車の走行機能の障害に気付いたのは、自車の左後輪の外側の車輪につづいて内側の車輪も脱輪して停車する直前のころで、その以前には全く異常を感じなかつた旨所論にそう供述をしているのであるが、右供述は原判決挙示のその他の証拠と対比して措信することはできない。また、被告人の捜査段階における供述、およびダブルタイヤである左側後輪のうち外側の車輪が、ハブボルトの折損により走行中に脱輪する場合、車体および走行機能にいかなる異常が生じるかに関する原審証人野村粂雄の供述、同人作成の「ご照会事項に対するご回答」と題する書面(抄本)について検討してみても、これらが所論の指摘するようにその信用性に欠けるところがあるとは認められない。記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討しても以上の認定を左右するに足りる証拠は存在せず、原判決には所論の指摘するような事実の誤認は存しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(法令適用の誤り)について。

所論は、「かりに被告人が原判示のとおり自車の走行機能に故障が生じたことに気付いたとしても、車輪取付け装置のハブボルトの折損および脱輪という稀有の事態まで予見することは不可能であったから、原判示のように直に運転を中止して車両を点検しなければならないとするのは、平均的な運転者にとって酷に失するといわなければならない。また、たといそのような注意義務があるとしても、それをしないで減速し、様子をみながら運転を継続した行為が、その後発生した本件のような全く稀有の事故の原因となる過失といえるかどうか疑問がある。」というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件事故は、被告人が原判示日時ころ、大型貨物自動車(日野四六年式、後輪は、いわゆるダブルタイヤといわれる複輪となっている。)を運転し、原判示東名高速道路上り車線第一通行帯を時速約八〇キロメートルで進行中、左後車輪取り付け用の八本のハブボルトが折損したため、左後車輪のうち外側車輪が車体から離脱したのに気付かず、これを第三車線上に置き去りにしたため、その後同車線上を後続してきた車両がこれに乗り上げ、安定を失つて中央分離帯をこえて対向車線に暴走突入し、原判示のとおり二台の対向車両に順次衝突するに至つたものであるところ、原判決挙示の証拠によれば、

1  被告人は、左後部外側車輪が車体から離脱する少くとも約四四〇メートルないし四五〇メートル手前で、突然自車の後部懸架装置付近でガタガタという異常音がしているのを耳にし、車体の横揺れがはじまるとともにハンドルが左にとられ、自車の走行機能に障害の生じたことに気付いたこと、(なお、左後輪のハブボルトが全部折損し、駆動軸と車輪の結合がなくなつた場合における車両の走行障害の程度は、当審公判廷における証人野村粂雄の供述によれば、左後輪がパンクした場合よりも相当強度のものであることが認められる。)

2  被告人は右のとおり異常を感じた直後、自車の右後方第二通行帯を進行して来る同僚の大沢昇が、二回にわたり前照灯の光を上下に操作して合図をして来るのに気付いたが、大した障害ではあるまいと考え、そのまま運転を継続したため、左後車輪のうち外側車輪が車体から離脱するに至ったこと

等の事実が認められ、右認定事実に、およそ自動車運転者は整備不良車両の運転をしてはならないことはいうまでもないが、とくに高速自動車道路において自動車を運転する場合には、歩行者、信号機に対する注意義務が軽減される反面、自車の走行機能の障害の有無については、通常の場合に比して、とくに注意力を集中し、細心の配慮のもとに運転しなければならないことを合せ考えると、被告人が前記認定のとおり自車の走行機能に障害の生じたことに気付いた場合には、それが車輪取り付け用のハブボルトの折損による脱輪という稀有の事態の発生によるものであることまで事前に確認することはできなかつたとしても、直ちに運転を中止して停車し、走行機能の障害の原因について車両を点検し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるといわねばならない。なお、高速自動車国道においては、自動車は危険を防止するため一時停止する等の場合のほか駐停車してはならない(道路交通法七五条の八本文)こととされているけれども、司法警察員作成の昭和四九年二月二日付実況見分調書によれば、東名高速道路の原判示場所付近は、第一通行帯の左側に、これと併行して幅約三メートルの路側帯があり、被告人が自車の走行機能の障害に気付いた場合、直ちに減速して右路側帯に入つて一時停止し、車両の点検を行うことができたものと認められるので(同法七五条の八、一項二号参照)、そのような注意義務を科することが平均的な自動車運転者にとつて酷に失するとは認められない。そして、被告人が右注意義務にしたがつて直ちに一時停止して車両の点検を行えば、車輪取り付け用のハブボルトの折損により、左後車輪が後車軸と結合していない状態を発見し、本件事故の発生を未然に防止することができたことは明らかであり、被告人が右注意義務を怠り、大した障害ではないものと速断し、運転を継続した行為は、後車軸から離れた左後輪がその後車体から離脱し、路上に置き去りにされ、これに後続車両が乗り上げ、原判示のごとき本件事故を生ぜしめた原因となる過失行為であつて、その間の因果関係についても、所論のような疑問を容れる余地はないといわねばならない。記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討してみても、以上の認定を左右するに足りる証拠はなく、原判決には所論指摘のような法令適用の誤りは存しないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(量刑不当)について。

所論は、原判決が被告人に禁錮一年二月の実刑を科したのは重きに失し不当であるから、できる限り軽い刑を量定すべきであるというのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、本件の事実関係は、原判決が認定判示するとおりであつて、本件が被告人の一方的過失により、後続車両、対向車両等の二重衝突事故を惹起させ、原判示のとおり死者一名、重傷者三名という重大な結果を生ぜしめたこと、被害者側との間に未だ示談が成立するに至っていないこと等を考慮すると、被告人に対し禁錮一年二月(求刑同二年)を科した原判決の量刑は相当であつて、あながちこれが重きに失して不当であるということはできない。しかしながら、さらに考えると、本件は被告人車の左後輪取り付け用のハブボルトが走行中に全部折損するという稀有の事態の発生に起因するものであるところ、被告人は有限会社本沢運送に勤務する自動車運転手で、被告人が運転した本件大型貨物自動車は、本件事故の約一か月半前である昭和四八年一二月一二日に行なわれた定期点検に際し、車輪につき分解整備を行い、ハブボルトのゆるみ、折損の有無についても点検して、車検をとおつており、整備不良車両と疑われるような状態にあつたものとは認められず、被告人の仕業点検についても特段疎漏であつた点は窺われないこと、被告人が走行中に自車の走行機能の障害に気付く徴候となつた異常の態様、程度等を合せ考えると、生じた結果の重大なのに比し、被告人の本件過失の程度は比較的軽度であつたといわざるを得ないこと、被告人はこれまで道路交通法違反で二回反則金を納めたことがあるだけで、特段の前科、前歴がないこと、被害者側との間に示談は成立するに至つてはいないが、当審の段階に至つて、被害者のうち死亡者の遺族に対し金一〇万円、負傷者らに対しそれぞれ金五万円を送金して、慰籍の意を示したほか、被害者川口春二の遺族(ただし父母の分を除く)に対し、自動車損害賠償責任保険金九六〇万三、一〇五円が支払われたこと等、被告人に有利な諸事情も認められるので、これら一切の事情を合わせ考えると、被告人に対する原判決の量刑は重きに失して不当であると認められるので、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において、さらに自ら次のとおり判決する。

原判決が確定した事実に、原判決が適用した法令(観念的競合を含む)を適用し、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、原審および当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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